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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1852号 判決

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  前項の取消部分に係る被控訴人らの請求を棄却する。

三  訴訟費用及び参加費用中、当審において生じた部分及び原審において控訴人、補助参加人らと被控訴人らとの間に生じた部分は、いずれも被控訴人らの負担とする。

理由

一  当裁判所は、被控訴人らの控訴人に対する請求は理由がなく、これを棄却すべきであると判断するが、その理由は以下のとおりである。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件土地は、大正一〇年ころ甲野花子の父である甲野太郎が亡光三郎から賃借し、地上に工場を所有していたところ、同人の死亡により甲野ハナが右工場及び借地権を相続した。甲野ハナは、本件土地上に原判決記載の本件A建物(原判決添付物件目録二、三記載の建物)を所有していたところ、昭和五七年七月九日から期間二〇年として借地契約を更新し、同年八月二一日ころ、更新料八八〇万円を支払った。その後、甲野ハナは昭和六二年一月一一日に死亡し、甲野花子が相続したが、甲野花子は平成六年一月一〇日に破産宣告を受け、控訴人が破産管財人に選任された。他方、亡光三郎も平成七年二月二七日に死亡し、被控訴人らが相続した。

(二)  甲野花子の次男である原審相被告甲野二郎は、昭和五九年一月ころ、本件土地に原判決記載の本件B建物(原判決添付物件目録四記載の建物)を建築所有しており、株式会社乙山サービスの代表取締役を勤めていたが、同社は平成五年三月一二日銀行取引停止処分を受けて倒産し、そのころ二郎も行方不明となってしまった。前示のとおり甲野花子が破産宣告を受けたのは右会社の保証をしていたからであり、また同様に同社の保証人となっていた甲野一郎(甲野花子の長男)も破産宣告を受けている。

(三)  参加人金庫は、本件A・B建物について、昭和五八年六月から、債務者を二郎、乙山サービス、甲野一郎、甲野花子として順次抵当権や根抵当権を設定しており、その被担保債権額は、債権額・極度額を単純に合算すると、四億四一七〇万円にのぼり、その残債務合計は右担保額を超える約四億四四九八万円にのぼる。そして、この回収を図るため、本件A・B建物について平成六年七月四日に競売を申し立てている。また、控訴人補助参加人東京信用保証協会(以下、「参加人協会」という。)は、乙山サービスを債務者として、本件A・B建物について被担保債権額一五〇〇万円の抵当権を設定している。他方、本件土地の価格は、平成四年度の固定資産税課税標準額で見ると六七六〇万円程度であるが、実勢価格は、平成五年七月ころには借地権価格が約二億四五〇〇万円と評価されるほどであり、その後地価下落があるものの、平成六年一二月二一日時点で更地価格が約二億九五四七万円、借地権価格が約一億四六八五万円と評価されるものである。

(四)  ところで、参加人金庫は、前示の各融資を決定するについて、甲野ハナ所有の建物を担保に徴することとしたが、その際地主の承諾を得ることとし、これに応じて、亡光三郎は、昭和五七年八月二七日付けで、参加人金庫に対し、本件土地を甲野ハナに賃貸していることを認めるとともに、「この土地に賃借人が所有する建物を貴金庫の担保に差入れても何等異議ありません」と記載された旧承諾書を差し入れており、更に甲野花子が甲野ハナを相続したことによって、参加人金庫において承諾書を取り直すこととしたので、亡光三郎は、これに応じて、平成四年一月一〇日付けで、原判決添付の本件承諾書を差し入れている。この本件承諾書の具体的形態は右原判決添付のとおりであるが、同承諾書には、借地人が所有建物を担保に差し入れるについて、地主があらかじめ承諾する事項が不動文字で記載されており、その1は、将来担保権が実行された場合には相当の条件で建物の新所有者に引き続き土地を貸すこと、その2は、万一土地の所有者が変わる場合及び借地人の賃料延滞その他の債務不履行など借地契約の存続に影響を及ぼすような事実が発生した場合には、抵当権者に通知すること、その3は、借地期間満了の場合には借地契約の継続手続をとることとされており、その下方に「上記について承諾する」との不動文字の記載と亡光三郎の住所氏名の自署及び捺印がある。

(五)  平成四年一一月当時の本件土地の賃料は、月額一八万円であり、当月分を毎月五日に支払う約束となっていて、賃料の不払いを二ヶ月以上怠ったときは通知催告を要せず契約解除ができるとの特約があったところ、甲野花子は、平成四年まで賃料の支払いを遅滞したことはなかったが、同年一一月と一二月の賃料は遅れて同年一二月中にまとめて支払い、翌平成五年一月分と二月分は同年五月ころまとめて支払ったものの、同年三月分から六月分の賃料は支払わなかった。そこで、亡光三郎は、同年七月二日到達の書面で、一〇日以内に延滞賃料を支払うこと、この支払いがないときは当然に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、甲野花子はこの支払いをしなかった。甲野花子がこのように賃料の支払いができなくなったのは、前示のとおり、甲野花子において次男二郎の経営していた乙山サービスの借入金について保証をしていたところ、同社の資金繰りの悪化及び倒産により本件A・B建物の賃料が差押さえられてしまったことによるものである。なお亡光三郎は、右賃料延滞があること、そのため条件付解除の意思表示をしたこと等は参加人金庫にも参加人協会にも通知しなかった。そこで、参加人金庫は、平成六年四月二〇日に至って平成五年三月分から平成六年四月分の賃料を提供したが、受領を拒絶されたのでこれを供託し、さらにその後も現在まで供託を続けている。

2  以上の事実によって考えてみると、本件では、甲野花子は約定賃料の支払いを怠ったものであるが、他方、その履行遅滞は四ヶ月分、合計七二万円にとどまることや本件賃貸借契約の従前の経過、借地権の価格等の前示の事実関係を総合してみれば、賃貸借契約における信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるものというべきであり、結局、亡光三郎による本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものというべきである。

3  そこで、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの控訴人に対する請求は理由がない。

二  よって、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、同部分に係る被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九三条を、参加によって生じた費用の負担について各前条の他同法九四条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 佃 浩一)

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